飯島謙一講座:第4回

飯島謙一の講座

 

発見 

1976年アメリカ合衆国ペンシルベニア州米国在郷軍人会の大会が開かれた際、参加者と周辺住民221人が原因不明の肺炎にかかり、一般の抗生剤治療にも関わらず34人が死亡した。ウイルスリケッチア等が候補に挙がったがそれらしいものは検出されず、新種のグラム陰性桿菌が患者のから多数分離された。発見された細菌在郷軍人 (legionnaire) にちなんで Legionella pneumophila と名づけられた。種形容語の pneumophila は、本菌が肺に感染することから、「肺(ギリシア語でpneumōn)を好む (-phil)」を意味する。この集団感染事件も、在郷軍人会の大会会場近くの建物冷却塔から飛散した、エアロゾルに起因していたとされている。

 

特徴

レジオネラ属菌は2 - 5µm位の好気性グラム陰性の桿菌で、一本以上の鞭毛を持っている。

通常の細菌検査用培地では生育しないが、これはグルコースなどのを利用できない事に起因する。このため培養の際にはレジオネラがエネルギー源および炭素源として利用できるシステインセリンスレオニンなどの特定のアミノ酸を加える必要がある。特にシステインは必須である。脂肪酸により発育阻害を受けるためこれらを除去しなければならない。また、有機鉄も要求する。培養条件は厳しく、pHが6.7~7.0でないと増殖せず、至適温度は36°Cである。分裂周期は数時間で、増殖には時間がかかり、バンコマイシン等の抗生物質を加え他の菌の生育を抑えて培養する。

環境中では人工培地とは異なり幅広い環境で生育可能である。主に河川などの水の中や、土壌に存在している自然環境中の常在菌の一種としても知られる。レジオネラは通性細胞内寄生性であり、これらの場所ではアメーバなどの原生生物など他の生物の細胞内に寄生したり、藻類と共生しており、これによってさまざまな環境での生育が可能になっていると言われている。上記の人工培養条件下で必要とされる厳しい栄養要求は、当然のことながら他の生物の細胞内では容易に得られるものである。水中でも長期間( - 数年)生存できる。

ヒトの生活する環境においても、大量の水を溜めて利用する場所でレジオネラが繁殖する場合が知られている。特に Legionlla pneumophila は、空調設備に用いる循環水や入浴施設においてよく見られ、しばしばこれらの水を利用する際に発生する微小な水滴(エアロゾル)を介してヒトに感染する。

レジオネラを含んだエアロゾルがヒトに吸入されると、レジオネラは肺胞に到達し、そこで肺胞のマクロファージに貪食される。しかし、レジオネラは通性細胞内寄生性であり、その殺菌機構を逃れてマクロファージ内で増殖することが可能である(→サルモネラのマクロファージでの増殖参照)。レジオネラはマクロファージに取り込まれる際に出来る食胞に作用し、食胞膜の性質を変化させてリソソームとの結合性を失わせるとともに、その変化した食胞 (LCV, Legionella containing vesicle) 内で増殖する。LCVは、粗面小胞体と同様にリボソームが表面に結合した、多重の膜構造を持つ小胞であり、この小胞を形成することでレジオネラは分解されることなく細胞内に感染することが可能だと考えられている。

肺線維芽細胞で増殖する L. pneumophila

人工環境では、レジオネラはしばしばアカントアメーバなどのアメーバ類に寄生していることが知られているが、この生活様式が衛生学上、レジオネラを除去しにくいことに関わっている。これらの自由生活アメーバは浴槽などの表面に形成される、主として細菌や藻類のコロニーに起因する粘液状の微生物層(バイオフィルム) に付着して生活していることが多いため、レジオネラは循環式のろ過処理設備から逃れて増殖可能である。レジオネラ自身、単独でもバイオフィルムの形成が可 能である。またバイオフィルムの存在と、アメーバの細胞内に寄生していることによって、レジオネラに対して消毒薬が直接到達しにくいため、消毒薬の効果が 妨げられる。さらに自由生活アメーバの中には、生育環境が悪化するとシスト(嚢子、のうし)と呼ばれる、耐久型の構造を形成するものがあり、この状態では 熱や消毒薬に対する抵抗性が増加するため、内部のレジオネラが保護される形になって完全な除菌が難しくなるという問題が生じる。

 

病原性

レジオネラは環境中に普通に存在する菌であり、通常では感染症を引き起こすことは少ない。しかしながら感染しやすい環境に示すような環境下では、特に高齢者等抵抗力の少ない人々にとって、主にレジオネラ属の一種、 L. pneumophila が、ヒトのレジオネラ感染症(レジオネラ肺炎およびポンティアック熱)の原因になる。

レジオネラ肺炎
2 - 10日の潜伏期間を経て高熱、咳、頭痛、筋肉痛、悪感等の症状が起こる。進行すると呼吸困難を発し胸の痛み、下痢、意識障害等を併発する。死亡率は15% - 30%と高い。
ポンティアック熱
多量のレジオネラを吸い込んだとき生じる。潜伏期間は1 - 2日で、全身の倦怠感、頭痛、咳などの症状を経て、多くは数日で回復する。

レジオネラ感染症は、1976年に初めて報告された新興感染症であり、日本では感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律によって四類感染症に指定されている。これは日本でのレジオネラ発生の増加を踏まえて2003年の改正の際に行われたものであり、従前の感染症法では規定されていなかった、汚染施設の消毒などに対する行政措置が可能になるような改正が盛り込まれた。

 

感染しやすい環境 

前述のようにレジオネラの病原性は低く、健康人がただ風呂に入っただけでは感染しない。空調冷却水内で増殖した菌が冷却塔(クーリングタワー)から飛散したり、入浴施設の水循環装置や浴槽表面で増殖した菌がシャワーなどで利用されたり、浴槽の気泡装置で泡沫に含まれたりしてエアロゾルとなり、それが気道を介して吸入され、肺に存在するマクロファージ(肺胞マクロファージ)に感染することによって発病する。日本でも毎年数人がレジオネラにより死亡している。

 

感染源 

特に日本では入浴設備からの感染事例が多い。1996年レジオネラの存在が確認され易いとして、通産省から製造元・発売元に家庭用24時間風呂浴水の衛生対策の要請がなされた。これを受け、1997年レジオネラ対策24時間風呂が各社から発売されている。これ以降も各地の温泉や共同入浴施設では、感染して死者が出ているのが現状であり、衛生管理の難しさを物語っている。前述のように、レジオネラは入浴施設で多用される濾過循環装置の濾材では、処理できない。そのため循環式浴槽を持つ共同入浴施設では、

  1. 塩素消毒を行い、また定期的に湯をおとし清掃すること(レジオネラ繁殖を抑制する)
  2. 泡風呂にしないこと、湯面より高い位置にある注ぎ口ではなく浴槽内から循環させること(エアロゾル形成を抑制する)

の二点が指導されている。

また、 L. longbeachae による疾患も報告されており、こちらは土壌に存在する病原菌が園芸用のたい肥等を通じて感染する事が多い。

新潟県新潟市で超音波式加湿器を 使用していた男性が2007年10月上旬にレジオネラ症で死亡した。この件について同市は11月21日、家庭用の超音波式加湿器が感染源の可能性が高いと 発表した。同市保健所によると、死亡した男性の痰(たん)の菌と、部屋で使用していた超音波式加湿器に付着していた菌の遺伝子パターンが一致した。超音波 式加湿器は、殺菌に必要な加熱をせずに水を霧状の水滴にするため、レジオネラ属菌が増殖しやすい。厚生労働省も1999年の防止指針で「最も危険性が高 い」と警告している。

レジオネラは、水道の蛇口やシャワーヘッドにも存在する。特にシャワーヘッドは、エアロゾルが形成されるために、2週間に一度の塩素殺菌が望まれる。また、変わった感染例では、車のエアフィルターからのレジオネラ肺炎の感染例が海外の報告にあった。

東かがわ市直営の白鳥温泉(香川県東かがわ市入野山)の、女性浴場でも、基準値を超えるレジオネラ菌が検出されたことが、2007年10月16日に分かり、この事態を受け、市は女性浴場の清掃と消毒を実施したことがあった(男性浴場は基準値内だった)。

  

汚染状況

 
掛け流し式
従来、循環式よりは汚染の程度は低いと考えられているが、宮城県保健環境センターによる22施設の調査では、約30%の施設で公衆浴場法および旅館業法施行細則の基準を超える汚染が確認され、浴槽内の菌と浴槽付近のぬめりの菌のPFGEパターンが一致し、周囲のぬめりが浴槽の汚染源になっている可能生を報告している。同時に、 掛け流し式温泉に於いても十分な衛生管理を行い感染事故の防止の必要があるとしている。

日本における主なレジオネラ感染事例

治療法 

細胞内寄生菌であるため、細胞内への浸透性の悪い薬剤の効きが弱い。またβ-ラクタマーゼを産生するものが多いため、ペニシリンセフェム系の抗菌薬は効かない。食細胞内に移行性の高いマクロライド系、ニューキノロン系、リファンピシンテトラサイクリン系の抗菌薬を投与する。

 

※資料:ウィキペディア